アラカンタロウの老後への道

アラカンの退職前になって老後破産・貧困老人から免れる方法を模索しながら試しているブログです。

お題「しなきゃ」

こんにちは!アラカンタロウです。

私がとらわれていた「しなきゃ」についてですが、幼少期から親の躾がきびしくて、と言うより父親のDVで、何につけても「しなきゃ」でした。

 

家ではじっとしてなきゃ殴られる。ご飯を好き嫌いなしに食べなきゃ(残すと)殴られる。片付けなきゃ殴られる。勉強できなきゃ殴られる。何をしても理由も無くDVのトリガーを引くこともありました。

 

従って親父の「顔色を常時うかがわなきゃ」でした。なにか呪縛のような「しなきゃ」でした。解放されたのは、身体が大きくなり反抗期になった中学後半からでした。そうなると親父と腕力で張り合えます。その頃からはDVも無くなりましたが、一切話さなくなりました。

 

そのせいなのか?人の顔色を「うかがわなきゃ」の人生になってしまいました。それが社会人になり、色々な苦しいことなどを経験してくると神経が図太くなってきて、それからも解放されました。人は人、自分は自分。どう見られようと関係なくなってきました。

 

また仕事や色々な「しなきゃ」いけない事、嫌なストレスフルな「しなきゃ」いけない事は、それを乗り越えたときの快感というか自己満足感が得られるので、進んで「しなきゃ」を作ってます。もしかしてドMなのかも知れません?

 

また筋トレや料理・洗濯・アイロン・貯蓄にしても、「しなきゃ」から「したい」に変わるまで習慣づけを行い続けています。

 

「しなきゃ」は自分で自分にかせるDutyだと思います。したがって何でも「しなきゃ」はダメで、他人がしているからとか、そう言われた・そう見られるではなく、自分で決めた事や、法律で決められている義務や務めに関して「しなきゃ」にしないと解放されないと思います。

 

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